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「科学と社会」
〜 戦前期日本における国家・学問・戦争の諸相 〜

岡本拓司(東京大学准教授) 著

定価:2,592円(本体2,400円+税)
発行:サイエンス社
発行日:2014-09-25
ISBN 978-4-7819-1345-2 / A5判/256頁


<内容詳細>
科学は日本においてどのような展開を遂げたのであろうか.19世紀半ばから20世紀半ばまでの間を,多様な局面で拾い上げる.『数理科学』にて好評の連載に加筆修正を行い単行本化.

<目次>
第1章 科学とは何か
  1.1 はじめに
  1.2 科学という言葉
  1.3 科学とはどのような学問か
  1.4 実験という方法
  1.5 実験と帰納法
  1.6 実験と技術
  1.7 実験が行うこと

第2章 科学はどのようにして生まれたか
  2.1 何をもって科学が生まれたというのか
  2.2 中世ヨーロッパの自然に関する学問
  2.3 地動説の登場
  2.4 ティコ・ブラーエとケプラー
  2.5 ガリレオ
  2.6 ニュートン力学の誕生
  2.7 ニュートン力学誕生の意義とその後の展開

第3章 科学と出会った日本-明治維新前後-
  3.1 異なった文化が出会うとき
  3.2 科学は日本にあったか
  3.3 国学・漢学・洋学
  3.4 明治天皇と教育

第4章 何のために,どこまで西洋化するのか
  4.1 伝統か西洋か
  4.2 どのような憲法を作るか
  4.3 生存競争のための西洋化
  4.4 森有礼の学問論
  4.5 森の辿った道

第5章 挑むための受容
  5.1 学者は世界と戦う
  5.2 世界共通の競争の場
  5.3 田中舘愛橘と長岡半太郎
  5.4 競争的学問観
  5.5 孫文の「大アジア主義」演説
  5.6 ベルツの在職二十五周年演説

第6章 木村駿吉の経験(1)-不敬事件まで-
  6.1 木村駿吉とはどのような人物か
  6.2 木村芥舟・勝海舟・福沢諭吉
  6.3 東京大学予備門への入学と明治十六年事件
  6.4 大学在学時代
  6.5 第一高等中学校での活動と不敬事件

第7章 木村駿吉の経験(2)-アメリカ留学へ-
  7.1 大学院における研究
  7.2 非職の影響
  7.3 方向転換
  7.4 アメリカ留学
  7.5 ハーヴァードで

第8章 木村駿吉の経験(3)-アメリカ留学から第二高等学校教授時代まで-
  8.1 ギブスとの出会い
  8.2 四元数とベクトル解析
  8.3 イェール1年目の駿吉
  8.4 活動の拡大
  8.5 第二高等学校教授へ
  8.6 二高同盟休校事件
  8.7 二高時代の執筆活動など

第9章 木村駿吉の経験(4)-無線電信機の開発とその後-
  9.1 日本における無線電信研究の開始
  9.2 日本独自の無線電信機の開発
  9.3 戦場の無線電信機
  9.4 ロシア側の無線電信
  9.5 日本海海戦後の内村
  9.6 その後の駿吉

第10章 明治の脚気-科学技術がもたらした危機-
  10.1 明治期における脚気の流行
  10.2 治療・予防の成功例:遠田澄庵・高木兼寛
  10.3 細菌説:東大医学部と陸軍軍医本部・医務局
  10.4 戦争中の脚気暴発と臨時脚気病調査会
  10.5 脚気研究の展開
  10.6 人々が身を守る方法

第11章 盗電の法理,穂積陳重の逡巡
  11.1 盗電と法律
  11.2 横浜電気窃盗事件と田中舘鑑定
  11.3 穂積陳重の議論
  11.4 電子論と穂積の逡巡
  11.5 刑法の改正と盗電

第12章 北里柴三郎と山極勝三郎-医学研究の躍進と国際評価-
  12.1 戦前期のノーベル賞候補
  12.2 北里柴三郎:破傷風研究とペスト菌発見
  12.3 ノーベル賞候補としての北里
  12.4 山極勝三郎と人工タール癌
  12.5 山極とノーベル賞

第13章 第一次大戦後の科学界-ドイツ人排斥と日本の科学者-
  13.1 第一次大戦と科学
  13.2 第一次大戦下の科学界における国家間対立
  13.3 抵抗するドイツ:プランクの奮戦
  13.4 日本とドイツの関わり:三国干渉まで
  13.5 ドイツ排斥への対応

第14章 アインシュタインがやってきた
  14.1 第一次大戦後のアインシュタイン
  14.2 日本への招待
  14.3 アインシュタインのノーベル賞受賞
  14.4 俗流「相対性」
  14.5 土井不曇の反相対論

第15章 加藤元一の神経伝導不減衰説
  15.1 若き加藤元一:京都から慶應へ
  15.2 慶應の医学部
  15.3 加藤の神経伝導研究
  15.4 世界への挑戦
  15.5 学士院賞前後
  15.6 1935年のノーベル賞への推薦
  15.7 東京帝大医学部とノーベル賞

第16章 量子力学が意味したもの(1)-アメリカの場合-
  16.1 量子力学誕生前後のアメリカの物理学
  16.2 物理学者の亡命とアメリカ
  16.3 第一次大戦後のアメリカの物理学の成長
  16.4 科学への支援と量子力学の導入
  16.5 新しい理論への態度
  16.6 操作主義を越えて

第17章 量子力学が意味したもの(2)-日本の場合-
  17.1 日本における初期の量子論の紹介と研究
  17.2 若い世代の学習:京都
  17.3 若い世代の学習:東京
  17.4 日本の研究者たちの成果:1920年代後半
  17.5 海外との接触
  17.6 新たな展開
  17.7 サイクロトロン

第18章 第二次大戦下の物理学者(1)-アメリカでの一断面-
  18.1 ブリッジマンの科学観・社会観
  18.2 「一物理学者の『声明』」
  18.3 アメリカ物理学会会長として
  18.4 科学における自由
  18.5 社会的責任

第19章 第二次大戦下の物理学者(2)-日本の動向-
  19.1 「科学的精神」の擁護
  19.2 統制か科学の自由か
  19.3 純粋科学における戦い
  19.4 中間子論とサイクロトロン
  19.5 原子爆弾の開発
  19.6 原子核研究への期待

第20章 科学は危機をどう生き延びたか
  20.1 「腹を切る」:原子爆弾投下と仁科芳雄
  20.2 研究者の「人格」
  20.3 原子爆弾投下と講和への動き
  20.4 国体と国民
  20.5 科学の価値

あとがき
参考文献
人名索引
事項索引